持続可能なコミュニティ、農業・農村開発の新視点
ー 南北の連帯・途上国支援とNGOの役割 ー
<『国際農林業協力』Vol.26
No1-2 ,2003 掲載論文 草稿>
古沢広祐(国学院大学経済学部教授、「環境・持続社会」研究センター代表理事)
混迷期をむかえた時代状況
20世紀以降、爆発的に急拡大した資源収奪と環境破壊をともなう大量生産・消費・廃棄社会をどう転換できるのか、私たちは重大なる岐路に立たされている。昨年開催されたヨハネスブルグ環境・開発サミットは大きな成果もなく、10年前のリオ・デ・ジャネイロ・地球サミットとはうって変わって人々の関心の視野にほとんど入らなかった。10年を隔てた2つのサミットを比較すると、時代状況がいかに様変わりしたかがわかる。
1992年当時をふり返ると、国際社会は地球環境の危機と貧困・南北問題に取り組む大きな時代的期待が高まっていた。十分とはいえないものの、2つの国際環境条約(温暖化、生物多様性)が締結され、リオ宣言やアジェンダ21など、「持続可能な発展・開発」をキーワードとする21世紀の人類が目指すべき方向と課題が示された。当時、ドイツ統合や旧ソ連邦の解体により冷戦体制下の東西対立が終焉し、時代は地球環境や貧困という人類最大の課題に一丸となって取り組む大きな潮流が生まれていた。世界のODA(政府開発援助)総額の20倍規模にまで膨らんでいた巨額の軍事費の削減により、平和の配当が生じることへの期待も高まって、まさしく地球環境問題や貧困解決へ取り組む新たな時代の到来を予感させた。(1)
しかし、その後の10年を経て、時代は明らかに大きく後退している。時代の軸が全くずれてしまったといってもよい。貧困撲滅へ向けた途上国支援に関しては、金額ベースでみるかぎり先進諸国の取り組みは近年停滞状態にあり、サミット会議においても大きな進展はなかった。実際、ODA(政府開発援助)の金額では、リオ・サミットでの合意目標(対GNP比0.7%)に対して3分の1レベルに留まったまま推移している。温暖化防止(気候変動)への実施体制づくりも進まず、削減達成の枠組みである京都議定書はサミット時点には発効されるべきものが大幅に遅れ、いまだに目途が立っていない。それ以外でも、とくに深刻な事態は、南北間格差、貧困の深刻化、民族紛争や内戦の激化、軍事化の脅威など、大きな社会的な歪みが是正されるどころか悪化の一途をたどっていることである。(2)
世界全体で所得の多い上位20%の人々と所得の少ない下位20%の人々の所得格差は、60年には30対1だったものが、90年には60対1、そして97年には74対1へと拡大し続けている(『グローバリゼーションと人間開発』UNDP、1999年)。(3)
社会的歪みの根元には、経済のグローバリゼーションに絡んだ問題が横たわっている。また、石油など天然資源の確保、生物遺伝子資源の囲い込みなどでは、経済的・政治的な国家利害が強く働き、それを軍事的な力が後押しするかような旧態依然の時代状況が再び立ち現れ出したかにみえる。テロリズムや民族紛争の温床に火をつけ、歪みを押しつぶそうとして爆薬に火をつけるかのような様相さえ生じているかにみえる。
世界が向かいはじめた方向、すなわち有事・戦争を前提とする事態への移行は、人類がこれまで築きあげてきた「民主主義と人権」や「環境と平和」を、内にも外にも消滅させかねない恐れを私たちに突きつけている。同時多発テロ事件(9.11)の後、アメリカでテロ対策とアフガニスタン攻撃に計上された国家予算は、世界ODA総額とほぼ同額であり、その後のイラク戦争に計上した予算はそれを大幅に上回った。そこに世界の現実の一面がくっきりと映し出されている。
「持続可能な発展」とは何か?
地球サミットを契機に世界の共通目標となった「持続可能な発展」とは、煎じ詰めれば従来の発展パターンのもつ2つの矛盾の克服であった。すなわち、大量生産・消費・廃棄による無限拡大型の成長パターンから脱却する「環境的適正」の実現と、世界的な格差と不平等の増大(世代間格差も含む)を生み出す歪みを是正して「社会的公正」の実現を目指すということである。言いかえれば、経済の維持・発展を、「環境」と「社会」の2つの座標軸において調整することに他ならない。(4)
現実の動向をみるかぎり、「環境的適正」においては、不十分ではあるが国際条約や協定など幾つかの枠組みが動く気配をみせている。それを有効に機能させるには、法的な枠組みや環境税制改革をはじめとする規制や経済的手法など全知をつくした制度設計を欠かすことはできない。だが、「社会的公正」という面では、基本的人権や貧困、弱者への配慮など、事態は行き詰まりをみせており、環境、人権、民主主義のすべてを否定する”戦争”を容認する雰囲気さえ醸し出されている。
ここで大状況を広い視野でみた場合、憂慮すべき点は上記2つの両軸がズレだし、いわば双方が逆回りしだしたかのような事態にあることである。これまでは成長拡大が続いたことで、第2の矛盾(社会的公正の問題)の顕在化を抑えてきた側面があった(一部アフリカ諸国等を除く)。今後は、成長拡大が調整局面をむかえるなかで第1の環境制約が進む一方で、心配なことは第2の矛盾が世界的に激化して、資源と環境をめぐる深刻な対立が予想されることである。とくに政治体制の軋轢や立ち後れ状況から、民族紛争と内乱の勃発、国家間対立による危機的な事態さえもが憂慮される。
すなわち、本来ならば環境的適正の枠組みが形成されるに従って、資源や富の配分について地球的公正に基づく高度な仕組みと調整手法が重要にならざるをえないのだが、現実には強者の主張だけが通るかのような状況になりつつあるかにみえる。持続可能性をめぐって、現代世界はまさに大きく歪み出しているといってよい。
開発・国際協力は、自己を映し出す鏡
こうした時代状況の下で、私たちは日本の国際政策、援助・国際協力のあり方について、どのような展望を描くことができるのだろうか。失われた10年が続く停滞状況下にある日本において、その展望とは、対外政策のみならず自らの開発・発展のあり方を問いただす自己革新をはらむものでなければならない。たんに世界に対してどう貢献するかという一方的発想ではなく、日本という国自体のあり方への問い直しと変革を迫るという点において、実は開発・国際協力は非常に大きな意味をもっているのである。(5)
いわゆる途上国の国々には、これまで様々な形で援助や資金が注ぎ込まれてきた。従来、貧困削減のために「経済成長」という開発戦略がとられたきたわけだが、逆に貧富の格差を広げたり環境問題が深刻化するなどといった矛盾を生んだ。80年代には貧困層の保健、栄養、教育、環境を重視する戦略が打ちだされるようになり、近代化や早急な開発のマイナス面への是正に光が当てられはじめた。だが、多くの途上国では、民主的な基盤や行政能力が不足し、官僚主義や汚職がはびこるなど、資金や社会サービスが底辺の人びとのニーズにはなかなか届かない現実の壁に直面する。援助のあり方自体も、援助国側の政治的な思惑や談合体質が不公正や政治的歪みを助長したり、援助が逆に援助側の事業拡大、資源供給、貿易ルートの整備になるなど、結局は、資金投入が還流されて援助国に利用されるだけではないか、と言った疑問が指摘され出した。
他方、新たに「参加型開発」という考え方が加わり、底辺の貧しい人びとが、意思決定の段階から開発に参加し「自立」を達成する、いわば下からの開発・発展、量から質へ、が重要視されるようになっていく。参加型あるいは下からのという意味では、国際協力にたずさわるNGO(非政府組織)の役割が注目されるようになったことも、90年代以降の特徴である。「参加」そして92年の地球サミット以降定着しだした「持続可能な開発・発展」といった理念が、国際協力や発展のあり方を規定する新たな概念になってきたのである。
実はそこに、一方通行的な関係(援助する側とされる側)を越える重要な革新的契機が生まれる点に着目する必要がある。すなわち、参加や持続可能性と言う理念を本当に実現するには、国際協力関係を築き合う両国の社会のあり方自体が相互に変革されねばならない側面が生じるのである。援助する先進諸国自体の政治や社会のあり方が、逆に検証される側面が出てきしてしまうのだ。
たとえば上記の援助にまつわる疑念や諸問題を、我が国の開発政策や公共事業においても程度の差はあれ蓄積させてきた状況をふまえるならば、我が身にもメスを入れざるを得ないことになる。情報公開、環境アセスメント、市民参加のあり方、とりわけ公共事業等の無駄、不透明性の実態を持つ日本などは、開発協力・援助政策を通してまさしく我が身を照らし出される矛盾を突きつけられるのである。(6)
グローバルな視野からの統合戦略 ー NGOの関わりによる革新
冒頭で述べた、持続可能な発展の基本である発展パターンを「環境的適正」と「社会的公正」によって調整する道筋が、先進国でも途上国でも十分な展開を見せていない状況を、それではどう克服していったらいいのだろうか。こうした事態を打開するために、大状況的には、地球規模での持続可能性を実現する戦略として、国内的変革と国際的な協力をリンクさせるグローバルなスケールでの抜本的政策が求められていると思われる。
具体的な取り組み内容については、グローバル社会への対抗戦略としてさまざまな分野でその可能性を検討する必要がある。なかでも比較的取り組みやすい戦略に、これまで多くのNGOが関わりを持ち、比較的身近で政策対応が見えやすい公的資金分野に焦点を当てた展開をここでは提起してみたい。
現在、先進国の財政圧迫状況が進む中で、資金繰りの改革が叫ばれ、公共事業などの開発政策や産業政策の根本的な見直しが求められている。すなわち、無駄と無理を重ねてきたこれまでの環境破壊的な巨大開発や資源浪費的な大量生産・消費パターンを変革するための制度改革が求められている。つまり、持続可能な社会づくりのための制度変革として、その第一歩になるのが税財政変革であり、とりわけ税財政のグリーン化(大規模プロジェクトの見直し・適正化、炭素税、廃棄物税導入、生産・消費パターンの変革、等)だと思われる。
さらにそれに付随して、こうした持続可能性を目指した資金運営改革は、国内的な財政改善に資するだけでなく、グローバル社会では国内的に閉じられた政策という発想の枠を越える必要がある。すなわち前節で述べたとおり、途上国の持続可能な発展を促すODA政策・国際資金協力と国内改革をリンクさせることで、地球規模での複合的相乗(シナジー)効果を発揮させる好機とすべきだと思われる。
他方、途上国側の現状を考えると、多くの途上国への資金協力(ODA)は停滞している。その背景には、先進諸国の援助離れ(援助疲れ)や財政状態の悪化、途上国のガバナンス問題(非効率な運用、汚職)などが指摘されている。また先進国のみならず途上国においても、いまだ従来型の開発援助資金の不適切な適用や巨大開発プロジェクトの弊害が続いている。資金協力のあり方とともに具体的な開発プロジェクトを真に持続可能な中身とする政策が求められているのである。その具体的展開の一つとしては、持続可能な開発に基づいたODA政策の見直しを進めつつ、プロジェクト・開発資金のモニタリング、異議申し立てプロセス等を改革・充実させていく必要がある。(7)
混迷の時代状況をどう乗り越えていったらいいのか、新たな発想と構想力が今日ほど求められている時はない。先進諸国の国内的調整による持続可能性実現のための制度改革と並行して、その成果を国内のみならず国際的に持続可能な発展に結びつけるグローバルな政策スキームがもし始動できるのであれば、新たな時代に向けて一石を投じることになるであろう。(8)
農業・農村とフェアトレード、オーガニックトレードの展開
世界の大きな流れをみたとき、グローバリゼーション時代において、持続可能な発展・開発を貿易システムとどのように両立させ得るかというもう一つの大きな課題がある。前述のような「環境的適正」の実現と「社会的公正」の実現は、すでにその具体的な展開が、消費サイドの動きとして「環境」と「社会」の二つの軸において進展してきた。その代表的な動きが、グリーンコンシューマー(環境を重視する消費者)、エシカルコンシューマー(社会的責任・倫理意識をもつ消費者)であり、最近注目を集めている社会的責任投資(SRI)等の動きである。それらは先進諸国ないしヨーロッパ地域ベースで広がってきた動きである。それと連動・並行して、グローバリゼーションの矛盾に対抗し貿易のあり方を問う動きとして、近年、フェアトレード(草の根公正貿易、NGO支援の産直・提携貿易)、オーガニックトレード(有機農産物貿易)、森林認証などの運動が注目されている。こうした動きは、例えばヨハネスブルグ・サミットでのボランタリーな実施計画(タイプU)にも組み込まれ始めている。
たとえばフランス政府は、世界銀行、IFAD(国際農業開発基金)などの協力を得て、国際市場で不利な立場に置かれている開発途上国の小規模生産者(農家、織物・工芸等の加工業者)がフェアトレードに参加する機会を拡大するプロジェクトをスタートさせている。これまでに構築されたフェアトレードのネットワークや基準・方法などに基づき、フランス市場におけるフェアトレード製品の流通ネットワークの強化を通じて市場における取引量を増大させ、それによりアフリカ諸国の受益者数の増加を目指すというものである。
フェアトレードの基本条件とは、1)平等な取引関係 公正賃金、公正価格、2)企業活動内容の透明性、3)公正な雇用、説明責任、労働条件、4)差別の禁止、児童労働の禁止、先住民の権利尊重、5)環境への配慮、6)生産者の文化への配慮、7)教育、啓発、8)対話に基づく信頼と尊敬の関係の構築、等である。(9)
こうした取り組みは、価格優先と市場競争だけで展開する従来の貿易システムの矛盾に対するオールタナティブとして注目すべき動きの一つである。しかし、産品の評価基準のあり方や途上国の生産者にとっての負担、実行体制など、具体的には検討すべき課題は多い。ヨーロッパ諸国では、フェアトレード運動は30年、40年の歴史と経験が蓄積されてきているのに対し、日本ではやっと認知され始めた段階にある。しかし、持続可能な発展を途上国と連携し協働して進める手法としては、今後その重要性はきわめて大きいと思われる。
世界的には、フェアトレード産品より有機農産品の基準・認証制度が先行した結果、オーガニックトレードの拡大がフェアトレードを巻き込んで展開する状況が起きつつある。近年の動きとして、オーガニック産品とフェアトレード産品は次第に重なり合う部分が増えていることから、相互の団体・組織の間で共通基準と認証制度に向けた実験プロジェクトが進行している。(10)
こうした動きに対して、日本では欧米のフェアトレードの状況とは多少異にする動きをみせている。欧米の動きに触発されたフェアトレードが広がってきた一方で、別に日本のなかで独自に民衆交易(オルタトレード)の展開が起きていたり、フェアトレード団体といっても各団体で独自の提携先や運動理念、基準で動いていることが多い。また、有機農産品についても貿易とは一線を画して、地産地消を重視した動きとして展開してきた経緯がある。
しかしながら、持続可能な地球社会という理念の共有や、世界的な動きとの連動性を認識する流れも生まれ出している。すなわち、上記のフランスのような持続可能な開発に結びつく国際協力、支援体制のあり方について、日本的な土壌をベースとして独自の問題提起を国際社会に提示すべき時期にさしかかっていると思われる。その際、ただ欧米の展開をまねるというのではなく、日本社会の中でフェアトレード、オーガニックトレードのあり方をめぐって、関係する団体や人々が情報交換する共通の場を活性化させる必要がある。そして、南と北の国々が、協力支援や交易関係の中で各々の地域発展を実現しつつ相互に啓発し合う、いわゆる内発的発展を互いに支援し合えるような関係を造り出す道筋を見出すことが大切だと思われる。
最後に、そうした関係形成に向けた試みについて事例紹介することで本稿を閉じることにしたい。
自給力を重視した市場形成、地域循環社会の構築
近年、オーガニック食品市場が世界的に急拡大をみせている。世界全体で260億ドル規模(2001年推定、前年より23%増)、約半分をEU(欧州連合)、3分の1を北米市場が占め、日本やアジア諸国がそれに続く。先進諸国中心の市場拡大のなかで、最近は途上国からの輸出用有機農産物の拡大が進んでいる。この成長・拡大の裏には、生産、加工、流通、販売の大規模化がある。企業資本の大農場、多国籍企業プランテーション(ドール、チキタのバナナなど)も有機農産物生産に乗り出し、加工・流通にも大資本が台頭してきた。それに伴い有機農産物の国際取引・輸出入も増大しきたのである。
たとえば、市場統合が進んでいる欧州の場合、イギリスをはじめとして販売される有機食品の7割近くが国外から輸入されている。こうした貿易拡大の中で、途上国では、従来の特産品であるコーヒー、綿花、ナッツなどについてオーガニック・モノカルチャー(有機単一栽培)ともいえる事態が進行している。
他方、持続可能な農業として広がりつつある有機農業は、特にアジア地域では「緑の革命」の反省から近代農法を見直し、伝統的な農業技術を取り入れた試みとして普及してきた。しかし、上記のようにたとえ有機農産物であってもモノカルチャー的商品によって、途上国の持続可能な発展や農村社会形成には結びつきにくい状況が生まれている。さらに最近は、野菜類など日本の有機農家が従来栽培してきた産品も入りだし、安価なアジア地域の有機農産物が日本の国内産物や農家にとって脅威となる時代を迎えはじめている。
自国内での流通や地域市場の発展を飛び越えて農産物を先進国へ輸出する結果、自国民には食料が行き渡らない問題(飢餓輸出)、また有機農業本来の多品種栽培が崩れてしまうといった問題、さらに安価な輸入農産物が先進国の農業を破壊するなど、従来型の矛盾が再現しだしているのである。その矛盾を解決する試みとして、途上国内にあるべき流通を確立する「オルタナティブ・マーケティング」の普及・教育プログラムが、日本有機農業研究会やIFOAM*(国際有機農業運動連盟)ジャパン、IFOAMアジア等のグループによって取り組まれている。
日本はアジアの中でも有機農業運動の歴史が長く、特に産消提携、朝市、八百屋、宅配、共同購入、生協活動など、生産者と消費者との交流を特徴とするマ−ケティングを発展させてきた。アジアの有機農業団体から関係者を日本に招き、日本の生産者と消費者が取り組む「提携」や「地産地消」の活動を実地研修して、有機農業を地域自立や地域社会とコミュニティの活性化をはかる技術としても学びとってもらうのが狙いである。アジアにかぎらず、産消提携に代表される日本独特の運動展開に関しては、すでに世界の有機農業運動の中ではかなり知られるようになってきている。すでにアルファベットで「Tei-kei(提携)」という言葉も普及しだしているのである。(11)
同様の事例として、他方では日本の国際協力NGOの活動が、海外の農村・農業開発分野で有機農業運動を土台に展開しはじめている。そのなかでも興味深い事例にJVC(日本国際ボランティアセンター)タイによる地場の市場プロジェクトの取り組みと日・タイ農民交流プログラムがある。
タイ東北部(コンケーン県ポン郡)の村では、農薬や化学肥料を使用しない複合農業を始めるとともに、村人自身による地場の市場作りが広がりだしている。JVCタイ、イサーン農村開発NGO連絡調整委員会(イサーンNGO-CORD)、オルタナティブ農業ネットワークの3つのNGOが共同で支援して始まったプロジェクトである。朝市は、プロジェクトが始まった2000年当時、2地域4村だったものが、8地域24村にまで広がり(2002年末)、また近隣のスリン県やカラシン県においても、この朝市を見学した村人が同様の市場を始めだしている。この活動は、村落レベルから近くの町の中心部にまで展開して、有機市場が開かれることで村で作った無農薬で安全な農産物を販売する取り組みも始まっている。地域活性化により出稼ぎが減少するといった効果や、これまで排除されがちであった女性、子供、年寄りが朝市に参加することで、村の連帯感が育まれるとともに、今まで外部に依存して失ってきた地域文化、暮らしの知恵に気づき、それを取り戻すきっかけにもなっているという。(12)
さらに興味深いのは、こうしたタイの有機農業運動と地場の市場グループが、JVCと日本の市民団体の招きで日本の朝市・直売所の活動や生ゴミの堆肥化グループを視察して、相互交流が生まれだしていることである。2002年末の約2週間の訪日旅程では、生活協同組合、産消提携、朝市・直売所、有機農業や自然エネルギーの取り組みなどを視察した。
参加者の一人、東北タイ・カラシン県の農民リーダーであるバムルン・カヨター氏は、以前からの交流の成果として、山形県の長井市で取り組んでいる生ゴミの堆肥化事業に似たプロジェクトを自分の村でも立ち上げたという。彼は今回の視察の交流会で、「近代農法の問題は、世界中で起こっている。決してタイだけで起こっている問題ではない。国と国がつながるグローバリゼーションという大きな流れがあるが、その波に村1つで対抗するのでは孤立してしまう。これに対抗していくには、村と村のネットワークを、さらに、一人一人が国際的につながることが大切である」と語っている。(13)
まさに、グローバリゼーション時代の農業・農村が、これからどのように国際連帯していくべきか、そのビジョンを想起させる言葉だといってよかろう。持続可能なコミュニティ、農業・農村開発のあり方は、南北間の隔たりを越えてより普遍的な共通課題(コモンアジェンダ)として追求していく時代を迎えている。
<注>
* IFOAM( International Federation of Organic
Agriculture Movements 国際有機農業運動連盟)は、1972年に設立された有機農業に関する世界最大の国際的な民間組織、本部はドイツにあり、世界約
100ヶ国以上、約900の加盟団体を有している。
(サイト:http://www.ifoam.org )
<参考文献>
(1)拙著『地球文明ビジョンー環境が語る脱成長社会』日本放送出版協会、1995年。
(2)拙稿「ヨハネスブルグ環境開発サミットの問いかけ−有事・戦争体制でかすむ社会的公正」、『社会運動』No.269、市民セクター政策機構、2002年8月号。同「ヨハネスブルク環境・開発サミット報告ー大きな時代後退と立ちはだかる壁」『科学』2002年11月号(843号)、岩波書店。
(3)国連開発計画(UNDP)『グローバリゼーションと人間開発』国際協力出版界、古今書院、1999年。
(4)拙稿「持続可能な発展」、植田和弘・森田恒幸編『経済政策の基礎』岩波書店2003年。
(5)拙稿「環境共生をめざす農業開発協力のあり方をめぐって」『国際農林業協力』(通巻第100号記念特集)国際農林業協力協会
1999年11月。
(6)古沢広祐・斉藤友世「持続可能な開発と国際援助ー日本のODAで途上国の環境は守れるか」『環境と公害』vol27.No.4
1998年(春期号)岩波書店。
(7)国際環境NGO 「FOE・Japan」編『途上国支援と環境ガイドライン』緑風出版、2002年。
(8)JACSES主催国際セミナー「持続可能な開発と公的資金 ー地球的共生の戦略を求めて」(8/2~8/5,
2003年)趣意書。ウェブサイト:http://www.jacses.org/
(9)マイケル・バラット・ブラウン著 、市橋秀夫・青山薫
訳 『フェア・トレード ー公正なる貿易を求めて』新評論、1998年。アジア太平洋資料センター『月刊オルタ』特集フェアトレード、2003年1月。
(10)池田真里「環境的にも社会的にも”公正”な農業へと成長できるか、有機農業運動の試金石 ー社会的公正と社会的責任」『社会運動』No.273、市民セクター政策機構、2002年12月。
(11)編集協力・日本有機農業研究会『アジア型有機農業のすすめ』現代農業・臨時増刊、農産漁村文化協会、1994年。神戸新聞(Web
News)「われら地球人ー農業の在り方を求め途上国に新市場創設を」(掲載日:2002/01/06)
(12)松尾康範「地場で作る、地場で食べる ー 循環を基礎に経済自立を模索する東北タイの村」、JVC編『NGOの時代』めこん、2000年。松尾康範「地域自立のための『地場の市場』づくり
- 活動概要」中間報告No.6(2002年12月〜2003年3月)JVC(地場の市場づくり担当&タイ現地代表)http://www1.jca.apc.org/jvc/jp/projects/thailand/index.html
(13)高橋良子「経済のグローバル化と農村の自立」『の〜び
のび経済』Vol. 3 、国学院大学経済学会(学生雑誌)、2003年。国学院大学・古沢ゼミサイト(タイ・ラオス
スタディツアー):http://www.kuin.jp/fur/
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