『安ければそれでいいのか』 所収
草稿(山下惣一編著、コモンズ出版、2001年)
−自由貿易が食と農を破壊する− 古沢広祐
T.安さの陰にひそむ矛盾 -米国社会がおしえること-
(1)価格破壊がすすむ米国で何が起きたか
世界で一番安く食料品が買えると言われる米国(対所得比)。自由貿易の旗振り役であり、市場のグローバリゼーションを押し進め、多くの食料を輸出かつ輸入している米国の実状から話を始めよう(筆者は2000年10月ー2002年3月、米国滞在)。
休日に入る新聞広告を見ると、食料品、雑貨、電気製品、家具など、あらゆる品物のバーゲンセールの競い合いに驚かされる。値引きクーポン券が幾つも入り、人々はそれらを切り取って店へと押しかける。米国の過剰ともいえる旺盛な消費行動の一端をかいま見る思いだ。安さの競い合い、その裏側に何があるのだろうか?
価格破壊の先陣を切ったハンバーガーやフライドチキンなどのファストフードは、そもそも米国が発祥地である。こうした価格破壊の影で80年代後半に「ハンバーガーコネクション」と呼ばれる運動がアメリカの環境保護団体によって起こされたことはよく知られている。ファストフード用の安い牛肉が中南米から大量に米国に輸入されており、それは熱帯林地帯を焼き払ってつくられた放牧場の牛を原料にしたものだった。60年代から20数年間に中米の熱帯林の約4分の1が牧草地にかわったが、そこで生産される牛肉のほとんどがアメリカのハンバーガーチェーンに行っていたのでる。そのことをつきとめた環境保護団体が告発し、ボイコット運動が展開されたのであった。
同様の「価格破壊」に関連する最近の動きに、児童労働・労働搾取にまつわるスウェット・ショップ(Sweatshop)の問題がある。前世紀末、汗まみれで働く(スウェット)繊維工場等の労働者たちの状況を指した古い言葉だが、悲惨な労働状態を意味する言葉として現代によみがえった。例えば、日本でも人気のニューヨークブランドなどアメリカの高級ファッション産業を陰で支えていたのは、移民による奴隷的な労働である実体が明らかになった。95年に労働省が摘発した工場の悲惨さは第三世界にもまさるとも劣らぬものだった。極端な例では、ロサンゼルス郊外の工場では、60余名のタイ移民女性労働者が監禁され、1週7日、時には1日20時間も働かされていた。時給70セント。脱走者には暴力とレイプが行われたという。製品は高級ブランドとして、大手百貨店や通信販売を通じて販売されていた。
製造・販売業界は、いっさいの責任は下請けの経営者にあるとしたが、労働省は、こうした奴隷労働により利益を上げた販売18社、製造15社の公表に踏み切ったのだった。その後も、移民女性労働者の組合や、労働者・移民・女性などの組織が連帯して作ったさまざまなグループが、労働者の権利擁護と支援に立ち上がり、企業への抗議、ボイコット運動などが展開されている。同省によれば、1990年代に米国内で生産された高級衣服品の6割はスウェット・ショップが関わったものだという。
米国内で明らかにされたこうした労働実態は、実はグローバリゼーションが拡大するなかで途上国を中心により広くまん延している。たとえば、ナイキをはじめとする人気スポーツシューズ・メーカー、高級衣料品メーカー(リーバイス、ラルフローレン、リズクレイボーンなど)、おもちゃ(トイザラス、バンダイ、任天堂、レゴ、ディズニーキャラクター品など)、どれをとっても、多くがこども、女性の手によって奴隷労働に等しい低賃金、劣悪な労働条件下で生産されている実体がある。不当労働解雇、労働組合つぶし、奴隷的な労働環境のもとで火災事故等で多数の死者が出た事件など、枚挙にいとまがない(「ILOレポート」1996年、ほか)。
欧米では、途上国の下請け労働者の権利擁護運動の一環として、これら企業へのボイコットや製品返還運動が今も続いている。近年、大きな広がりを見せているフェアトレード(公正貿易)は、こうした実体を反映した市民運動の別の面からの展開といってよいだろう。この問題の全体的状況いついては、他の報告等を参照していただくとして、以下では食料・農業の分野で起きている問題に焦点をしぼっていくことにしよう。
(2)農産物価格の低下と淘汰が進む米国農業
減少する中規模農家
米国民の家計からの食料品への消費支出の割合は、近年ずっと下がり続けてきた(10.7%:1999年、11.6%:1990年、13.4%:1980年、対可処分所得)。食べる量や種類が減ったわけではない。実際のところ、太りすぎ(過剰体重)の人の割合は、1970年代に4分の1だったものが、90年代には3分の1に増えているのである。さまざまな要因のなかで、農業生産の向上と農産物価格の低下がかなり寄与していると考えられる。
農産物のいわゆる価格破壊が恒常的に進んできたのだが、それを支えたのが農業構造の変化であり、農業政策、貿易政策であった。米国農業の大まかな動向は、図に示されているとおり、きびしい価格競争下で農家数が全体的に減少して淘汰がどんどん進むなかで、国内農業の規模拡大が進んでいる様子がわかる(図1)。大規模農業の優先政策と農産物の輸出・輸入拡大により、中規模以下の農家が縮小する一方で、大規模農家が大きくシェアーをのばしている。すなわち、世界市場への拡大をめざす輸出振興政策のもと、市場開放の裏返しとして逆に米国内に安い農産物の輸入が増大し、激烈な価格競争下で農業部門の再編成が進んでいるのである。
具体的に見ると、1997年農業センサスによれば、大規模な年間販売額50万米ドル以上の大農場は、数の上では全農家のわずか3.6%を占めるにすぎないが、全販売総額の56.6%と過半を占めている(1982年では、それぞれ1.2%、32.5%)。同じく、販売額10万米ドル以上の農家を見た場合には、全農家数の18.1%で全販売総額の87.4%が占められている(1982年では、それぞれ13.4%、72.6%)。そこに大農場の隆盛ぶりがはっきりと示されている。
他方、販売額1万ドル未満のごく小規模な農家を見ると、全農家数の過半数50.3%を占めているが、販売額では全体のわずか1.5%を占めるにすぎない(1982年では、それぞれ48.9%、2.7%)。つまり、ごく少数の大農場が販売能力を拡大する一方で、多数の小規模農家が兼業等で生活を支えて生き残り、中間の中規模層が落ち込んでいる様子がうかがえるのである。
農業補助金への依存
米国農業の主要な生産地帯は、中西部を中心としたトウモロコシ等の穀物生産地帯と、西部のカリフォルニアを中心とした野菜、果樹、酪農、穀類等の生産地帯である。そのどちらからも、日本へは大量の農産物が輸出されている。
世界の農産物貿易(輸出)に占める米国のシェアーをみると、トウモロコシ75%、大豆74%、小麦28%、米15%、牛肉13%といった具合で、穀物の占める割合が高く平均すると約4割となり、世界穀物貿易の半分ちかい量を輸出している(1997年)。日本の農産物輸入の全体額に占める米国の割合をみると、トウモロコシ94.7%、たばこ85.9%、大豆75.8%、牛肉58.7%と、米国への依存がいかに高いかがわかる。世界市場に大きく食い込んでいる米国農業だが、その低価格は政府のてこ入れぬきには成り立たない。
96年農業法(96年から2002年まで適用)が、より市場重視の政策として打ち出されたが、移行期間の補償措置(直接固定支払制度、野菜・果実を除く)や価格支持融資制度、作物保険が組み入れられた。その連邦補助金の総額(7年間)は715億米ドルに及んでいる。約200万戸の農家総数で割ると、年間一戸当たり約5千ドルほどだが、穀物等を中心に生産規模の大きな農家に多く支払われる構造のため、約4分の1の農家が全体額の84%(一戸当たり約1万4千ドル、約170万円))を受け取る不公平さが批判されている。(ニューヨークタイムズ記事、9月9日、2001年)
補助金でも大規模優遇策に傾いている実状はあるにしても、多くの中西部の穀物生産農家は、生産価格を下回る市場相場で苦境に立っており、収入の過半が政府補助金という農家も多く、政府補助金ぬきには立ち行かないのが実体だ。例えば穀倉地帯のカンサス州では、97−99年の農家収入の75%が政府補助金だったと指摘されている(「農業協同組合新聞ニュース」、コラム・アメリカ農業にひとこと、2001年9月)。
他方、従来からの穀物に加えて日本には、近年、米国からの野菜類の輸入が急増している。とくに90年代以降の10年間で、日本の野菜輸入は倍増しており、これまでの米作偏重から野菜作に転換してきた農家にとっては大きな脅威となっている。現在、輸入野菜の大半を米国産と中国産が占めている。輸入の生鮮野菜の占める割合は、米国が37.3%、中国が21.8%、冷凍野菜ではそれぞれ45%、34.5%となっている(1997年)。中国野菜の輸入急増に対する緊急輸入制限(セーフガード)の問題が最近大きな話題を呼んだが、量的には米国からの輸入も非常に大きなウエイトをしめている。
米国の西海岸を中心に生産をのばしている野菜や果実だが、他方では米国内にメキシコ等からの安い輸入品が大量に出回り、とくに価格の点で競合を余儀なくされている。以下、ここではカリフォルニア農業の実状について、とくにその低価格を支える構造についてみていくことにしたい。
低賃金移民労働に支えられるカリフォルニア農業
カリフォルニア農業は、全米第1位の農産物生産額(267億ドル、1999年)を誇り、広大な農地の上に多様な農業が展開されている。その2割強が輸出されており、輸出先の1位、2位をカナダと日本が競り合っている。主要な農産物は、野菜、果実、乳製品、ナッツ類、花卉、綿花、穀物で、多くの産品が全米第1位、2位を占めている。たとえば、アーモンド、オリーブ、クルミのほぼ100%、ブドウの91%、レモンの82%がカリフォルニア産であり、果実類や野菜類の過半がここで生産されている(1999年)。日本にも、生鮮ものではブロッコリー、アスパラガス、タマネギ、冷凍ではスウィートコーン、ポテトなどの野菜、そしてクルミなどのナッツ類や米が輸出されている。
こうした高い農業生産は、当地の温暖な気候と肥沃で広大な農地によるところが大きい。だが、それ以外にも労働力の面で、多数の低賃金移民労働が豊富に確保できる要因を見落とすことができない。カリフォルニア農業の特徴の一つは大規模農業だが、機械化のよる生産向上とともに、植え付け、除草、収穫、出荷といった作業を担う労働力の確保が不可欠である。とりわけ野菜や果実、ナッツ類などは、その作業の過程で多くの人手を必要とする。しかし、その労働は季節的に限定されており、不安的な雇用形態を余儀なくされる。
そうした仕事を低賃金で支えているのが、メキシコを中心として流入してくる移民労働力なのである。米国には約180万人に及ぶ農業雇用労働者(作物生産部門)が働いており、そのおよそ8割が移民の人々だと推定されている。カリフォルニア州では、約40万人が農業で雇用されているが、その55%が非合法的に流入するなどの非登録雇用の形態で働いていると推定されている。厳重な警備をかいくぐって広大な米国とメキシコの国境線を、何万人もの人々が越えて流入しているわけだが、人里離れた砂漠のような国境を越えることは命がけである。確認されただけで、1997年からの4年間で1013人が水分欠乏や運河での溺死などによって途中命を落としているという。国境パトロールの報告によれば、カリフォルニア、アリゾナ、テキサスの国境で2000年の1年間に366人が死んでおり、ほぼ1日に1人が死んでいる計算になる。また、国境越えには、いわば人を密輸する組織も介在しており、米国・メキシコ両政府は人命の危険の観点からもこうした労働力密輸への取り締まりを強化している。
カリフォルニア農業で移民労働力がはたしてきた役割は、第2次大戦前からの日本人や中国人などの例のように歴史的にみても古く、農業の発展にも大きく寄与してきた。居住権を持つ多くの移民が多数いるなかで、人々は生活基盤を築き、より良い雇用先や仕事へと移っていく。その一方で、新たに合法・非合法を含めて多くの移民や出稼ぎ労働者が入ってきているのが「移民・多民族社会」米国なのである。そこには、いわば低賃金のヤミ労働力市場が、前述したようにさまざまな産業の周辺部分に存在しているわけである。
労働省の行った調査では、果実の摘果収穫作業に関して約3分1の農場では、国の取り決めた最低賃金以下しか支払われていなかったという(1998年)。たとえばブドウの摘果収穫作業では1房4セントの出来高払いが行われていたが、それでは時間当たりにして2.40ドルにしかならず、最低賃金(6.25ドル)にはるか及ばないという(労働省監査官の報告)。
また移民農業労働者の居住状況を調べた報告によれば、時給6.75ドルの賃金を出している場合でも、月当たりして住居費として1部屋300〜400ドル、光熱費100ドルが差し引かれていたという。結果的に、生活費を切りつめるため、1室に5、6人が住むタコ部屋生活が普通となっている。多くの農業労働者の住居は、プレハブやトレーラーハウスが多く、なかにはプラスチックや段ボールで仮小屋を作って住んでいる人々もいる(「農村移民ニュース」「カリフォルニア農村レポート」など)。
同州では、年間6百から7百件の農薬被害報告が出ているが、解雇を恐れて無届けのケースが多数あるという。劣悪な労働環境を示す労働災害死亡率を見ると、全産業平均が10万人当たり3.9人であるのに対して、農業労働者では20.9人ときわだって高い(1996年)。病気やケガをしても何の補償も無く、劣悪な生活環境や労働環境に置かれているのである。
それはまさしく米国国内に第3世界的状況をつくり出していると言っても過言ではなかろう。メキシコをはじめとする中南米などからの安い輸入品に対抗するには、機械化とともに労働コストを如何に切り下げられるかが決め手となる。温暖な気候と広大で豊かな農地の上に、安い労働力が大量に確保できること、それがカリフォルニア農業の強みだったのである。
(3)小規模農業を支える動き
急増したファーマーズ・マーケット
すでに述べたとおり、米国の農業部門は国内、国外の双方からの競争圧力下で、如何に生産コストを切り下げるか、きびしい生存競争を強いられている。そして、その競争圧力は流通・加工部門からも、いわゆる巨大化したアグリビジネス(食品関連産業)や流通資本の側からも起きている(後述)。米国では、すでに80年代から食品のみならず衣料品、雑貨、おもちゃに至るまで、卸売りを飛び越えた巨大量販店が、いわゆる流通革命を引き起こしてきた。いわばその延長線上で、日本でも、米国から進出したおもちゃ量販店トイザラスの攻勢や大店法改正の圧力が起きたことは記憶に新しい。
スーパーマーケットの巨大化や卸と小売りが合体した大規模店が価格決定権をにぎり、直接契約方式で大量に仕入れることで、低価格化にいっそう拍車がかかった。こうした流通の再編過程でも、大規模経営農家が生産の中軸となっていったのである。
しかし他方では、企業型の大規模経営農家の隆盛に対して、政府の大規模優遇政策に対する批判も吹き出し、小規模家族農業(ファミリーファーム)の危機が叫ばれるなかで、近年さまざまな運動が展開されるなかで支援策が打ち出されるようになってきた。例えば、連邦政府の農務省(USDA)は小規模農業に関する委員会を設置し(1997年)、米国民主主義のルーツとして成り立ってきた小規模家族農業の価値を、生物多様性や環境の保全、伝統文化と地域的多様性の保持やコミュニティの強化、地域経済の活性化などの視点からその重要性を再評価する報告書、『行動のとき』を公表した(1998年)。その報告をもとに、小規模農家の支援と活性化をはかるための農務省令が、99年9月に制定された。
同様の動きとして、世界の飢餓の解決を目指した「世界食料サミット」(1996年イタリア、ローマ)を契機に、米国内の飢餓・栄養不良問題への対応策として、同省はコミュニティ・食料安全保障の行動計画を作成した(1999年)。この行動計画には、ファーマーズ・マーケット、学校給食と地域の農業を結びつけるプログラム、コミュニティ農園などの、市民やNGOの参加を促す地域農業の活性化が目指されている。
なかでも、注目されるのはファーマーズ・マーケットだ。町の中心部の通りや公園に州〜2回開設される登録農家による直売所である。もともと地域の小規模農業を支援しようとするNGO(環境保護や農業・人権擁護などの市民団体)を中心に普及し始めたものだが、地方自治体などの行政、コミュニティ開発業者なども加わって、80年代から90年代にかけて急拡大した。25年前には全米で20カ所もなかったものが、94年で1755カ所、200年時点で2800カ所をこえる規模にまで広がった(米国農務省調査)。興味深いのは、ファーマーズ・マーケットのすそのが、農家による野外直接販売の枠を超えて、有機農業運動、貧困・マイノリティへの支援運動、文化・教育活動など幅広い活動として展開されてきていることである。
その背景には、アメリカ社会が抱える貧困問題とコミュニティ崩壊現象がある。経済的弱者を生み出す貧富の格差の拡大は、いたるところで町の中心部に貧民街を発生させた。そして、商店・スーパーは貧困地域からどんどん郊外へと移転して富裕地域に遍在するようになった。貧困層は、保存のきかない生鮮食品よりもスナック菓子、たばこ、アルコール、缶詰などにかたよった生活状況に置かれ、貧弱な食生活に起因する糖尿病、高血圧など多発させた。こうした社会問題の深刻化をうけて、全米各地でさまざまな活動が展開されたのだった。
例えばテキサス州オースチンでは、市民団体「持続可能食料センター」が、貧困層の食料事情を調査、食料保障に取り組むプロジェクトを展開した。同センターは、住民、行政、農民、企業からなる地域食料政策会議を設置し、さまざまな事業(共同購入、直売、農民との産直、タクシー会社とスーパーの提携による買い物ルートの確保など)を企画、実行したのだった。同様にカリフォルニア州でも、有機農業、労働問題、飢餓問題、地域開発などに取り組むさまざまなグループが「持続可能農業アクショングループ」を結成、”地域食料保障プログラム”の実現に取り組んだ。
コミュニティ・文化運動への広がりの例としては、大都会ニューヨーク市で、ファーマーズマーケットが市民に大歓迎され、市内20カ所に広がった。参加農家数も2百戸をこえ、売上も年間1800万ドルの規模となった(1994年)。マーケットは生産者と消費者の出会う場にとどまらず、さまざまな民族的文化的背景をもった市民の出会いの場、こどもの遊び場となっている。各種イベントが加わり、かつて荒廃して人影もなかった地域が甦り、不動産価格も上昇して地域への投資が活発化しだしたという思わぬ効果を生み出したのだった。
こうした活動展開を受けて、前述したように農務省は地域の食料安全保障プログラムをくみ財政的支援に乗り出したのであった。小規模な零細農民に生きる道を確保し、低所得層に新鮮、安価で栄養的な食料を提供し、地域農業を振興し、地域を活性化させ、雇用を創出するファーマーズ・マーケットや市民農園などの活動が支援対象である。すでにファーマーズ・マーケット専用のホームページが、農務省のサイトに組み入れられており、各地のリストや団体の情報を入手できるほか、全米ファーマーズ・マーケット週間が8月上旬に設定されている。
コミュニティ支援農業(CSA)、農地保全トラストの広がり
農家と消費者がより緊密に結びつく運動も、米国の各地で根づき始めた。米国東部マサチューセッツ州で十数年前から始まった”コミュニティ支援農業”(CSA)の動きがそれである。米国の東部地域の農業は、地形的にも平坦地が少なく規模も小さかったことから、早くから消滅の危機に瀕しており、地域農業の存続をはかる動きが活発に展開されてきた地域である。大規模流通網の展開のなかで、普通のスーパーの店頭に並ぶ農産物の大半は州外産で占められ、平均2000キロの旅をして運ばれているという。
米国では1990年には50ほどにすぎなかったものが、その後の10年間で全米の各地で展開されるようになり、約600グループ10万人以上の人々が参加するまでに広がっている。これは、消費者グループが農家グループに直接契約し先払いで野菜などの農産物を買い取る仕組みで、そもそものモデルは日本の提携・産直運動であった。消費者と直接手を結ぶことで、危険負担を協同で担いつつ、農民は大手資本による市場支配から脱して経営の安定性を確保し
、消費者は安全・新鮮・安価な農産物を手に入れる方式である。
当初は比較的高所得層中心に広がったのだが、ファーマーズ・マーケットと同様、低所得層の食料確保手段としても注目され始め、都市の低所得層向け栄養改善グループと提携する動きなども生まれている。農産物の購入のみならず、生産現場により深く関わる動きも出ている。一例に、ワシントンD.C.で始まった市民農場プロジェクトがある。「フロム・ザ・グラウンド・アップ」というグループが、とくに低所得地域住民向け農産物販売スタンドを開設、プロジェクトの所有する農場でボランティアによって生産された農産物を販売している。こうした一種の市民農場が少しずつでき始めているが、その多くは持ち株制で、農場株をもつ個人、レストラン、協同組合などが、生産される農産物を受け取る仕組みが一般的である。
同様の動きとして、減少する農地を保全し環境保全型農業の振興をはかるファームランド・トラスト(農地信託)の運動が広がっている。1980年代初頭から始まり、協力農家の地役権を譲り受けて、減農薬農業、景観保全、野生生物保全などを市民と農家が協同して推進する動きである。市民の協力は、資金提供、労働奉仕、生産物の購入(産直)、ファーマーズ・マーケットの共同運営などさまざまである。地域レベルのこうした活動が核となって、郡や州政府が農地信託と農地保全プログラムを実施する例も広がりはじめ、1998年には20州が取り組むようになっている。
以上あげた例をみてわかるとおり、弱小農家がどんどん消滅してきたアメリカだからこそ、一種の社会的対抗力としてファーマーズ・マーケットやコミュニティ支援農業(CSA)などが活発に展開されているのだと思われる。とくに1980年代に進行した、いわゆる農村コミュニティの崩壊、ルーラルゲットー(農村貧民地区)の出現への危機感から、地域の小規模家族農業の支援運動、地域活性化の様々な試みの一つとしてそれらの動きが広がった。その根底には、大型スーパーマーケットチェーン展開に見るように、大規模企業型農業と遠距離流通の中で工業製品化しだした農産物への批判や反省があった。
我が国にもまして農業そして社会をとりまく状況が厳しい米国だからこそ、こうした動きがより積極的かつ創造的な展開をしているように思える。そして、米国のみならず英国やヨーロッパ各国でも同様の動きが起きてきたことに注目すべきである。それぞれの場所で多種多様な組織形態が模索・創造されており、日本の動きとも共通点が多いことは大変興味深い。
米国の政策や農業をめぐる動きは、自由貿易と市場万能主義が主流を成してはいるものの、よく見るとけして一枚岩ではない。多様な動きを内部に秘めている。世界的に共通して、農業の再建には、草の根市民や農民の地道な運動こそが大きな鍵を握っているのである。
U.激化する経済グローバリゼーション
(1)グローバリゼーションの主役は誰か?
世界が一体化していくグローバリゼーションの流れは、近年そのスピードをを急速に増している。世界貿易の拡大、インターネットの驚異的な広がり、金融自由化と巨額の資本移動、人々の越境移動、その規模はかつてないものになっている。私たちの生活も、経済のグローバル化が進むなかで、食物、衣服、住居(木材)など、どれをとっても多くを海外に依存するようになった。その経済の国際化を強く押し進めているのが企業の国際化(多国籍化)であり国際的ビジネス活動である。
いわゆる多国籍企業の数は、1970年にはわずか7千ほどであったものが、1999年にはおよそ6万3千社、子会社69万社に及んでいる。世界経済に占めるこれら多国籍企業の力は巨大化しており、各国経済(GDP:国内総生産)と各社の年間販売額を比較しても、上位100のうち51を多国籍企業が占めている(1999年)。具体的にみると、GM(ジェネラルモータース)はデンマークより、ダイムラー・クライスラーはポーランドより、ロイヤルダッチシェルはベネズエラより、IBM
はシンガポールより、ソニーはパキスタンより経済規模が大きい。
なかでもトップ200社の総売上は、世界総GDPの27.5%に相当し(1999年)、その割合を伸ばしてきている(1983年は25.0%相当)。ちなみに200社の総雇用者数は、世界の総雇用者の0.78%を占めているが、その人数は83年より14.4%増えたにすぎない。その間に200社の総利益は362.4%も増大している。(Corporate
Globalization Fact Sheet, 2001年3月、ほか)
世界経済は、戦後一貫して発展をとげてきた。しかしながら、その発展パターンには大きな歪みが伴っていた。国連開発計画(UNDP)の1999年報告『グローバリゼーションと人間開発』によれば、世界全体で所得の多い上位20%の人々と所得の少ない下位20%の人々の所得格差は、60年には30対1であったのが、90年には60対1、そして97年には74対1へと拡大し、所得と生活水準の格差はグロテスクなまでになったと指摘している。世界人口の富める上位2割の人々が世界の所得(GDP)の86%を占めるのに対して、貧しい下位2割は1%を占めているにすぎない(97年)。
同報告によると、とりわけ90年代の金融グローバル化の陰で、巨額の資産を有する者がさらなる巨万の富を蓄積したことが記載されている。すなわち世界の金持ち200人の所得合計額は、1994年に4400億ドルであったものが、1998年には1兆420億ドルにまで増えた。4年間で2.4倍、すなわち日本円に換算して1日当たり約500億円(1USドル=120円換算)ずつ増えたのである。
すなわちグローバリゼーションの拡大のなかで、世界の富は大きく増大してきたが、その多くが富める者に利するかたちでの発展だったわけである。近年のグローバリゼーションへの批判、たとえば1999年の世界貿易機関(WTO)シアトル閣僚会議が多数の異議申し立ての声を受けて決裂した事件や、その後のグローバリゼーション反対の盛り上がりの背景には、こうした従来の発展の矛盾に対する批判や不満が、一つの大きな要因になっていたと思われる。
(2)世界の矛盾を体現するアメリカ
豊かさを約束するかにみえたグローバリゼーションの発信地であり体現者は、米国である。とりわけ20世紀からの大繁栄を謳歌してきた米国で、そのグローバリゼーションに反旗の旗がひるがえった出来事(1999年のWTOシアトル閣僚会議の決裂)はきわめて象徴的であった。すなわち、米国の繁栄自体が、実はグローバリゼーションの矛盾そのものを体現している側面を持っていたからである。
かつて第1次クリントン政権の労働長官を務めたロバート・ライシュ教授(ブランダイス大学)によれば、過去15年間に米国の富は3割拡大したが、所得ランク中低位者(所得が下位3分の1から半分の人々)はその恩恵を受けられず、「持てる層」と「持たざる層」の階層分化がかつてないほど深刻になったという。富の93%は上位5分の1の層に集中しており、最も裕福な上位1%が米国家計の39%を握っていると警告している。
『米国の社会階層』(Stepphen J. Rose, "Social
Stratification in the United Statea",
The New Press / New York, 1992, 2000)によれば、所得分布では上位1%が全所得の4分の1を、上位10%で54%を得ており、残りの9割の人々が44%を分け合っている構造になっているという。資産分布では上位5%が60%を所有し、上位2割で84%が所有されており、4割の人々は純資産がゼロかマイナスという状況であるという(1997年)。
また生活実態をみても、世界中に大量の食料を輸出している米国内で、全人口のおよそ1割もの人々が食糧難ないし栄養失調状態にあるといわれ、何十万人ものホームレスの人々が存在している。実際に、全人口の7%の人々が政府から食料切符(フード・スタンプ)の支給を受けている(2000年)。その状況は、物質的豊かさの次元では大きく異なるものの、いわゆる第3世界といわれる途上国において、飢餓人口を抱えるなかで輸出用商品作物を大量に生産して輸出している状況を想起させる。富者と貧者の大きな格差という点においても、米国社会で起きている現象は、上述した世界規模で進む格差拡大の構造とまさしく酷似しているのである。
(3)食卓を支配し始めたアグリビジネス
次にグローバリゼーションの実態を、食と農をめぐる世界的な状況に焦点を当てて、とくに流通過程の変容をみていこう。
世界の穀物の貿易状況を見ると、1960年代までは、地域的にある程度の自給体制が続いていた。貿易上、出入りがあまりない状態だったのが、1970年以降、アジア、アフリカ諸国の輸入量が急速に増え、80年代には穀物に関しては世界の大半が輸入国となり、現在に至っている。その特徴は、主要輸出国が北米大陸に極端に偏在してきたことで、一極集中化を高めていく方向に推移してきたといってよかろう(図表)。
80年代に入ってまもなく、唯一欧州(EU)が強力な農業保護政策(価格補償、補助金政策)によって自給レベルを越えて生産過剰状態に入り、輸出国に転じた(一種のダンピング輸出)。その結果、世界最大の穀物輸出国である米国の市場を一部ではあるが奪うことになり、米国対EUの貿易摩擦問題を激化させることになった。大国同士がいわば農業保護をめぐって補助金合戦を展開したことで、世界の農産物とりわけ穀物市場価格は大きく低落した。市場における自由競争とはいうものの、いわば安売り競争が国家の肝いりで行われてきたわけである。その後、90年代以降の農業貿易交渉では、農業保護の削減目標がGATT及びWTOで協議されて、今日に至っている。
しかし、ここで見逃せないのは、表向きの状況変化の背後いるアグリビジネスの動向である。かつて70年代初頭の食糧危機の時代、とくに73年からの需給逼迫時に、米国に本拠を置くカーギル社を筆頭に世界の穀物取引が少数の穀物商社によって集中的に支配され、膨大な利益を上げて巨大化した経緯がある。当時から、米国政府は農産物とりわけ穀物輸出を食料援助と組み合わせつつ、農産物輸出を国の重要戦略に位置づけていた。つまり、そこで行われていたことは、安い価格を武器に展開したアグリビジネスの国際的な発展を下支えしていたということである。
その後、穀物生産の過剰と価格低下の中で起きたことは、流通のみならず生産資材調達・食肉加工・加工食品までいわゆる経営の多角化が進み、川上から川下まで世界の食料システム全体が少数の巨大アグリビジネスの強い影響下に置かれることになったことである。それは先進諸国の私たちの食事内容が国際化し、なかでも加工食品へ依存度を急増させてきたことや、食品へのお金の支払い(利益の源泉)が加工品そしてサービス関連へと大きくシフトしてきたことと密接に結びついている。
米国では、家庭料理が消え去って久しいといわれる。その裏返しだが、なかでもファスト・フード業界の隆盛ぶりは著しいものがある。如何にして米国の食卓が企業の支配下に組み入れられていったかは、2001年のベストセラーの1册Eric
Schlosser の "Fast Food Nation"
(邦訳『ファストフードが世界を食いつくす』草思社)で詳しく紹介されている。その企業集中ぶりはめざましく、例えば米国のフレンチフライの8割は3つの企業によって加工・供給されているという。そして、その現象は今日まさしくグローバル化している。
現在、約60ほどの大企業が世界の食品加工の70%を支配するようになり、約20ほどの企業が世界の農産物取引の大半を支配している。穀物からコーヒー・紅茶・バナナ、そして鉱物資源に至るまで、その貿易の6割から8割が3から5ほどの巨大多国籍企業によって取り引きされているのである。
高度な生産性を実現する肥料、農薬、種子、機械等の改良を土台として、世界的な流通・情報網をフルに活用して発展してきたのが、先に述べた巨大多国籍アグリビジネスであった。今後は、バイオ技術の利用が企業の盛衰を左右することから、化学会社、種子・食品関連産業等によるバイオ企業の買収や提携が盛んに行われており、遺伝子特許をめぐる開発競争にしのぎが削られている。ここでもまた、遺伝子組み替え農産物をめぐる米国政府のビジネス支援の体制が築かれており、遺伝子特許やバイオ技術のパテント化(知的所有権)は重要な国の政治戦略に組み込まれているのである。
(4)地球的視野からの食料・農業保全政策を!
食文化の喪失と画一化
わが国の場合、自由化の促進がより安い食料を世界各地から入手する道を開く豊かさへの道だとよく言われるが、そこには大きな落とし穴が隠れている。この場合の食卓の豊かさ、選択枝の拡大の一方で起こることは、外見上の食卓の多様化とは正反対に世界大で国際分業化が進み、画一的なモノカルチャー(単一耕作)と、巨大資本による品種と栽培管理、加工技術と食品開発が進んでいく。そして、国際的な流通網の中での集中化・画一化が起きることで、深刻な多様性の喪失が世界規模で進行していくのである。世界の食料・農業システムが、いわば安売り競争の下でグローバルにスーパーマーケット化していくような事態、あるいは画一化という意味で食のマクドナルド化現象が起きていると言ってもよいだろう。私たちの食卓の根幹部分は、こうした構造に組み込まれており、大げさに言えば、食品産業とアグリビジネスに飼い慣らされていく状況が着々と進んでいるのである。
国際分業の進展の中で小数の生産国への集中化が進んだことは、(一部に輸出補助金問題はあるものの)国際競争力による生産性の強化とくに価格低下を実現させたことで、経済の論理から見れば効率化が実現できたといえるだろう。しかし、自然環境や人間の社会システムを総合的にとらえるならば、特定の価値尺度だけの一面的な効率向上だけでは環境・社会・文化面など数量化できないところで巨大な矛盾(リスク)を増大させてしまう恐れがある。そして、「食と農」という大地と自然に結びついた地域的多様性とバラエティに富んだ文化的発展の原動力を喪失していくことを意味している。
現状のままでは、世界的に(国内、国外の両方で)農山村の生活基盤やコミュニティーの崩壊とビジネス的囲い込み現象を引き起こし、地域と風土の根付いてきた食文化や、社会・文化の多様性から自然資源(遺伝子を含む)の多様性まで消失させていく可能性がつよい。言い換えれば、農業と農村の崩壊し、均一化した社会と文化、不安定かつバランスを欠いた国土利用を加速化していくだろう。
農業政策の改革と対抗文化の形成
以上みてきたように、世界の食料・農業を基本的に制する力は農民や地域コミュニティの側から多国籍企業・資本の手に移っている。いま私たちに必要なのは、目先の利益だけですべて行動していく経済のグローバリゼーションの未来に対する批判的視点だと思われる。国境を越えた市場化によって、価格差だけが特別に目だちやすいが、そもそも長年の間に培ってきた国レベルの基盤(土台)の違いが見落とされやすい。それは、通貨制度から産業・社会・文化政策の違い、とりわけ安全や健康、社会保障、最低賃金制度など、人々の生活や社会を成り立たせる基盤(とくにセーフティネット)を本来ならば世界的に整備・強化していくべきところを、反対にいとも簡単に突き崩す力を持っているのである。
市場が国境を越え、国の枠組みや産業・社会・生活の基盤を大きく揺るがす事態が、近年急速に進行している。市場競争が国境を越えて激化する自由貿易体制では、内外に多くの摩擦や矛盾を生じさせつつ、強者と弱者のせめぎ合いの中で強者の論理で市場が再編されていく経過をとっていく。
当面、そうした事態に対しては、受け身的ではあるがセーフガード等の調整・緩和機能を国内的、国際的に如何に矛盾少なく(公正に排他的でなく)働かせていくかが、重要な政策の柱とならざるをえないだろう。中・長期的な政策枠組みとしては、産業競争政策としての農業政策(かつての農業基本法枠組み)から、社会・環境・文化・福祉政策を組み込んだ農業政策による日本農業の展開をはかっていく必要があるだろう。
すなわち、環境負荷型の従来の農業がもつ環境的マイナス面を削減する一方で、従来見落とされてきた景観形成、環境・国土保全機能などプラス側面を積極的に評価・重視する「農業政策のグリーン化」を柱とすべきである。たとえば、新たに導入された条件不利地域への所得保障政策についても、有機農業・環境保全型農業を促進する体制づくり(広く環境税制改革の一環に組み込む)、福祉・教育・地域・人的資源の活性化につなぐための各種補助・優遇制度の充実(広義の福祉政策に組み込む)、地域の個性的発展を促す地理的特性・伝統文化等の特別表示・ラベリング制度(フランスで普及)、都市と農山村交流プログラムの多角的展開など、総合的な政策として展開していく必要がある。こうした展開は、全国一律に上から下へと降ろすのではなく、環境・景観・福祉など各種機能・条件を農家や農村側がプログラム提案して、行政やNPOなどの協力体制のもとで推進する仕組み作りが重要となる。
農業の担い手も、地域の農家を基礎としつつもかなり多様化していくことが求められている。これからの農業は、生産から流通・加工・販売に至るまで、品質と地域性を重視した市場の多元化に基づく各種ビジネス的農業展開がはかられると同時に、他方では、ホビー(趣味)・レジャー型農業や各種市民農園の積極的な支援策、そして協同組合・農業生産法人のみならず新たな社会的農業形態としてNPO法人、あるいは農家と市民・NGOなどが提携する協働形態など、さまざまな主体形成と協同のネットワークが課題となろう。なかでも高齢社会が深刻化するこれからは、省庁の壁を超えて農業・農村の福祉的な機能に大きな光をあてていく地域政策が重要となる。
また、私たち生活者やNGOの視点からは、対抗文化の形成が求められている。すなわち、対外的にはフェアトレード(草の根・公正貿易)、地域・国内的にはファーマーズ・マーケットの振興、地産地消(地域産品の有効利用・循環化)、有機農業による提携・産直運動(生産と消費の連携強化)、あるいはスローフード運動(ファストフードへの対抗的視点)など、地域・文化・環境の多様性を保持・復権していく運動形成である。私たちに必要なことは、従来の価値観への問い直し、商品購入という狭い消費活動だけで豊かさを判断する視点からの解放である。生活全体の再構築、労働のみならず家庭生活から余暇、趣味・教養、さまざまな交遊や交流、知的・文化的創造活動まで、大地・自然と結びついた生命活動のトータルな意味を復権し、新たな公共空間と社会文化を創造することなのである。
<<参考ウェッブサイト>>
<日本国内>
*アジア太平洋資料センター(グローバリゼーション・児童労働問題等)
http://www.jca.apc.org/parc/index-j.html
*有機農業・環境問題サイト(兵庫県有機農業研究会)
http://homepage2.nifty.com/oryza/
*農林漁業・環境問題(農林中金研究所)
http://www.nochuri.co.jp/report/gyo.html
*農業協同組合新聞
http://www.jacom.or.jp/
*全中・農業問題・ファーマーズマーケット
http://www.zenchu-ja.org/
*セーフガード運動(コープかごしま)
http://www.kcs.or.jp/mycoop3/2001/01-03/safeguard/safeguard.html
*農林水産省
http://www.maff.go.jp/
*アグリビジネス研究(北大、久野研究室)
http://member.nifty.ne.jp/hisashu/index.htm
*古沢ゼミ(建築中のものです)
http://www2.kokugakuin.ac.jp/~furu1/main.htm
<海外・アメリカ(英語)>
*カリフォルニア農村レポート
http://www.cirsinc.org/
*農村移民ニュース
http://migration.ucdavis.edu/
*ファームワーカー支援団体
http://www.afop.org/frames.html
*アメリカ農務省・小規模農業・食料保証関連
http://www.usda.gov/oce/smallfarm/sfhome.htm
http://www.reeusda.gov/agsys/smallfarm/
http://www.fns.usda.gov/fsec/
*ファーマーズ・マーケット
http://www.ams.usda.gov/farmersmarkets/
http://www.farmersmarketonline.com/
*CSA
http://www.csacenter.org/
*ファームランド・トラスト
http://www.farmland.org/
*多国籍企業関連
http://www.corpwatch.org/
*人間開発指数( UNDP「人間開発レポート1999」)
http://www.undp.org/hdro/99.htm
Copyright (C)2003 Kouyuu Furusawa. All rights reserved.無断転載はご遠慮下さい。