ヨハネスブルグ環境・開発サミット報告
大きな後退と立ちはだかる3つの壁 古沢広祐
(1)様変わりした時代状況
ヨハネスブルグ環境・開発サミットは期待したほどの成果もなく、10年前のリオ・サミットでの盛り上がりとはうって変わって静かな幕ひきとなった。その「政治宣言」において、最初に示された文案には「グローバル・アパルトヘイト」(地球規模の人種隔離:力のある富める人々と貧しい人々との分離)という表現があったのだが、実際の宣言文からは消えた。それはまさに時代の今を象徴した言葉であった。環境面でも社会的公正という側面でも、世界は危機的状況にあるにもかかわらず、サミットは真正面から矛盾の本質に切り込もうとはしなかった。

ヨハネスブルグサミット本会議−パウエル国務長官のスピーチにヤジが飛び交った。
10年前、ブラジル、リオデジャネイロでの地球サミット(国連環境開発会議)に参加した時の印象を思い起こし、今回のサミットと比較するかぎりでは、時代が様変わりしたというのが率直な印象である。当時をふり返ると、国際社会は地球環境の危機と貧困・南北問題に取り組む大きな時代的期待が高まっていた。十分とはいえないものの、2つの環境国際条約(温暖化、生物多様性)、リオ宣言やアジェンダ21など、「持続可能な発展・開発」をキーワードとして21世紀の人類が目指すべき方向と課題が示された。
当時、ドイツ統合や旧ソ連邦の解体により冷戦体制下の東西対立が終焉し、時代は地球環境や貧困という人類最大の課題に一丸となって取り組む大きな潮流が生まれていた。世界のODA(政府開発援助)総額の20倍規模にまで膨らんでいた巨額の軍事費の削減により、平和の配当としての期待も高まって、まさしく地球環境問題や貧困解決へ取り組む新たな時代の到来を予感させた。
しかし、その後の10年を経て、時代は進歩するどころか大きく後退した。明らかに時代軸が全くずれてしまったといってよい。それは、世界のメディアの取り上げ方、とりわけ米国系の新聞・雑誌などの扱いをみるとよくわかるが、今回のサミットは、ほんの世界の片隅の出来事でしかなかったかのようであった。
サミットの会議について具体的にみていこう。貧困撲滅へ向けた途上国支援に関しては、先進諸国の取り組みはさほど大きな進展はなかった。温暖化防止(気候変動)について実施する体制づくりも、削減目標を達成するための京都議定書はサミット時点には発効されるはずだったものが大幅におくれた。それ以外でも、南北間格差と貧困の深刻化、民族紛争と内戦激化、軍事化の脅威など、大きな社会的な歪みの悪化への根本的な危機意識の欠落があった。
(2)薄められた「政治宣言」「実施文書」
今回採択されたサミット政治宣言文は、リオ・サミットを引き継いでの課題についてそれなりに言及してはいるが、インパクトのないものとなった。というのも、全体的にアメリカなど大国を意識して、当たり障りのない表現に落ち着いてしまったからである。なかでも貧困と格差の矛盾、軍事化と平和への脅威に対する認識はきわめて不十分なものとなった。創設された貧困撲滅の世界連帯基金などみても、ほとんど期待できるものではない。ODAや地球環境ファシリティー(GEF)の多少の増額が示されたものの、大局的にみれば雀の涙でしかない。
今回のサミットに先立ち3月にメキシコ、モンテレーで開かれた開発資金のための国際会議において、水面下で議論になった「トービン税」(為替取引税)などの新システムの話は全くと言っていいほど議論されなかった。こうした新たな制度の導入がもし示唆されれば、そこにODA世界総額の数倍規模の資金源が生み出される可能性があった。だが、そうした夢は3月時点でかき消されていた。
実際の「実施文書」作成過程でも、内容の後退を招きかねない状況が多々出現した。たとえば、リオ宣言での基本的な立脚点も(予防原則、共通で差異ある責任、参加等)、文面検討の段階で消失しかねない抵抗を受けたし、自由貿易優先を掲げるWTO(世界貿易機関)への従属を促すような表現案さえ提出されていた。何とかリオの原点を維持し、WTO優位の表現を薄めることはできたものの、持続可能性への道標として、再生エネルギー推進のための達成目標はついに合意できなかった。まさに、旧来の化石資源や原子力に基盤をおく体制が、再生可能な自然エネルギーなどの新体制への移行に大きく立ちはだかった感があった。
実施文書に、先進諸国の課題として「生産・消費パターンの変革」を目指す10年計画の策定がかろうじて盛り込まれたことは、今後各国でNGOが大量生産・消費・廃棄の矛盾を変革する契機としうる可能性をもつ。しかし、景気低迷の脱却と世界経済の活性化が急務の課題となっている今日的状況を考えると、具体化をめぐっては大きな困難が予想される。
(3)混迷の時代へ
社会的歪みの根元に、経済のグローバリゼーションの問題があることは、サミットでのとくに途上国からの主張やNGOの批判において顕著に現れていた。多国籍企業等の責任を問う主張は、薄められた表現となったが、今後ともその主張は大きくなっていくことだろう。92年の地球サミットで、NGOが提起した「多国籍企業の民主的規制」(NGO
条約より)では、「多国籍企業は、地球規模の環境危機、および”開発”の結果生じた社会的・経済的問題の多くに責任を負っている。それはまさに、権力と生産の集中とともに社会・政治的不平等と文化的多様性の損失を導いた開発の中心主体である」(拙著『地球文明ビジョン』p.34、日本放送出版協会)と批判した。事態はより深刻化している。
今回は、かつてのようなNGOの大同団結はみられず、一種の専門分化した分野ごとの活動やロビー活動が目立った。1999年のシアトルでのWTO(世界貿易機関)閣僚会議の決裂を招くような、大きな盛り上がりもなかった。会場外での大きなデモはあったが、当局の規制と誘導でさしたる混乱は生じなかった。それは周到に管理された(飼い慣らされた)国際会議という一側面の現れなのかもしれない。あるいは、NGO自体を含めて世界全体が混沌化し出している状況の現れなのだろうか。

ヨハネスブルグサミット 農民NGO
4)立ちはだかる3つの壁を前に
混迷の時代に突入したかのような今日の世界で、私たちが立ち向かう課題とは何だろうか。端的にいって、大きく3つの次元で壁を乗り越えなくてはならないと思われる。第1の壁とは、抽象的ではあるが「グローバル・アパルトヘイト」(富める力のある者と貧しく無力に置かれた者との乖離)に傾き始めた時代状況、さらには有事ないし潜在的な軍事化がもたらしている壁である。こうした全体状況を洞察し、舵取りする手だてを見いだす必要がある。個別課題の積み上げで危機を回避する道もあるかもしれないが、それでは乗り越えられない巨大な壁が眼前に立ちはだかりつつある。大きな枠組みから方向を見きわめ、環境的適正と社会的公正を実現する道筋と道具立て、高度な政治力と戦略をたてる努力が求められている。
第2の壁とは、個別課題のなかでそれぞれに立ち現れている壁である。詳細は省くが、エネルギー分野での再生可能エネルギー対、化石資源・原子力体制のせめぎ合い、あるいは食料・農業分野でのバイオテクノロジー・遺伝子組み替えに代表される生産拡大主義の力に対抗する有機農業などの適正技術のせめぎ合いなど、さまざまな個別分野で対立軸がそれぞれに先鋭化していくと思われる。
第3の壁は、第1と第2に重なるものではあるが、とりわけ途上国への資金・支援・開発協力にともなう困難な壁である。量や規模的に十分な支援・協力体制とはいえないものの、途上国へは巨大な資金投入や開発協力が進められる流れができつつある。しかしながら、従来の開発・発展パターンの押しつけや新たな開発による社会的弱者の排除や環境破壊の深刻化が危惧される。とりわけ規制緩和や民営化を軸にした矛盾の拡大が心配される。我が国に即していえば、これまでの地域開発や公共事業などの諸矛盾が衣替えして海外へ移転していく恐れが十分予想されるのである。
ともあれ矛盾の塊は、ミクロからマクロまで大きく私たちの前に現れ始めている。ヨハネス・サミットでは、92年サミットの目標と方向性は確認されたものの、根本的な時代の危機認識を欠いたまま、かろうじて繕われたというのが偽らざる実感である。ヨハネスの10年後のしきり直しがあるかは不明だが、困難きわまる時代状況を背負って、私たちはもう一歩前へと道を歩み始めるしかない。
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